増山城最後の城主、中川宗半の塚

宗半塚(そうはんづか)

中川光重は尾張(愛知県)出身で、初め織田信長に仕え、後に前田利家(加賀藩初代藩主)の娘婿となり利家に仕えました。後に巨海斎宗半と号しました。

天正13年(1585)、前田氏が越中三郡を領有すると増山城の守将に任ぜられ、増山在城時、恩光寺に金剛寺村で寺禄3千歩を寄進して再興しました。

文禄年間(1592~1596)に入り、一時期千利休門下の茶人として豊臣秀吉に仕えました。慶長19年(1614)53歳で没し、この地に葬られました。

砺波市ふるさと文化財(史跡) 

住所:富山県砺波市庄川町庄4261