雄神神社は、庄地区にある神社です。通称「庄の宮」と言い、庄下郷36ヶ村の総社です。
「雄神村」の名は、この神社の社名を取って名付けられました。
奈良時代、歌人大伴家持の「雄神河」の歌でも知られるように、この雄神神社にちなんで現在の庄川を「雄神河」と呼んでいたと考えられます。
祭神は、高龗神(山に降る雨を司る神)を主神とし、闇龗の神(谷間に流れる川を司る神)、瀬織津姫神(水神・祓い浄めの女神)を配祀しています。
藤井の神主さんの持ち宮は、雄神神社、高瀬神社など23社ある。それは、栴檀山から太郎丸や五郎丸、福野、婦中地区まで広範囲に及ぶ。
高おがみの神、闇おがみの神、闇みずはのめの神を祀る。(闇みずはのめの神の代わりにせおりつ姫の神という説もある)800年代初頭の創建らしいが定かではない。 記録によれば、3度移転している。弁財天→東の栗林の中(1585年)→東山山麓(1663年)→勝負見(1710年) その後何度か焼失、再建を繰り返して今日に至る。
広上川や雄神川の水を治める神様として、広く庄下の郷36カ村の総社として崇敬を集めた。古くから庄地区の春祭りは4月3日であったが、広谷川の下流にあった畑野新、中野新、種田などでは貰い祭りといって、その日の仕事は休みにして雄神神社に参拝する習慣があった。ほとんどの村では、明治中期頃まででやめたが、種田では、その習慣が大正末期頃まで残っていたという。